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プロフィール

じゅいえ

Author:じゅいえ
関西在住、32歳主婦。
3歳女児と0歳男児を育てています。
性格は基本、根暗で人見知り、のくせに
寂しがり屋で自意識過剰で
なんとまあ、めんどくせえ女、です。
こんな私の個人的な
育児事情を綴ります。


IMG_0210a.jpg
Authorの娘:まめこ(仮名)
2012年6月生まれ。
生まれながらに気難しく、
神経質な性格。
短気でわがまま。
口達者で大人をしばしば驚かせる。
アナ雪、ドラえもん、シンデレラ、
プリキュアが大好き。
近頃は「しずかちゃんシンデレラ」
という謎のキャラになりきり、
脅威の演技力を発揮する。
かなりの偏食、小食。
ただいま絶賛赤ちゃん返り中。


IMG_5240.jpg
Authorの息子:まめすけ(仮名)
2015年7月生まれ。
気立ての良さを絵に描いたような赤子。
温厚、暢気、単純。
かなりの風呂好き。
でも常にミドル脂臭がする。
姉に並々ならぬ想いを寄せているが、
肝心の姉には冷たくされるか無視され、
一方的な片思いを強いられている。
たまに姉から気まぐれに
相手にされることもあるため、
その刹那的麻薬的な喜びから、
姉への想いを諦めきれずにいる。


IMG_7453.jpg
Authorの夫:旦那
33歳、技術職サラリーメン。
かなり広い心の持ち主。
細かいことは気にしない。
根に持たない。
常にプラス思考。
また柔軟な思考の持ち主。
その一方でこうと決めたら絶対譲らない
頑固な一面もある。
会社ではそろそろ責任ある立場にも
立たされつつある微妙なお年頃。

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あの日の、母親。

2015.12.11 02:13|育児の辛さ吐露し隊。
あれから、結局私の風邪、というか息子のRSが娘にもうつって、
息子を小児科に連れて行くついでに娘も診察してもらい、
やっぱり喉が赤く腫れているとのことで、娘もシロップ薬もらってきた。
娘は比較的元気だったのに、今日の夜から鼻水がだらだら出始めて、
遊んでいる途中でしんどそうになってきて、
だけど、滅多に構うことのない私が珍しく遊び相手をしたもんだから、
この機会を逸しては・・・!と彼女も必死だったのか、
「しんどいんでしょ!?」と私に訊かれても、「ううん大丈夫だよ!」と否定したり、
「もうこれが終わったら寝よう」「うん・・・でもがんばる!元気モリモリになる!」とか言って、
わけのわからない根性というか、不必要な持久力を発揮し、
でも最後は結局風邪の辛さに負けて寝てしまった。
なんか、すごい、かわいそうだった・・・

息子の方は小康状態を保っている。
昨日診察してもらったときには、まだ呼吸音は良くはないけれど、
RSの経過としては悪くない、と言われた。
だけどまだ、油断はならないそうだ。
なんか、息子はほんと元気だから、機嫌も良くて食欲もふつうだし、
ふだんどおりに遊んだりもするもんだから、
親の私よりも、ぶっちゃけ医者のほうが息子の心配をしている。
このまま、何事もなく回復へと向かって欲しい!ぜひともそうしてくれ!


娘は・・・
なんだろうな、最近、娘はよく私に謝るようになった。
何か失敗したときなどに、別に謝らんでもいい、ていうか私そんな怒ってないのに、
「ママ、ごめんね」と言うようになった。
もう怒られる前に先手打つみたいな感じで。
一日の終わりに、私がその日の中で、何かちょっとでも注意したことを、
娘の方から蒸し返してきて「あのときはごめんね」と謝るようになった。
ああ、なんだろう、もうこれ、末期状態だな・・・
私は私という存在を娘にとって、恐ろしいもの、としてしまっているんだろうな・・・
なんというか、無駄にデカすぎる母親とでも言おうか・・・

私は、私自身で蒔いた種なのにもかかわらず、そのことにショックを受けている。
母親の顔色を伺う子供、母親の機嫌や気分によって、自分の行動や考えを制限される子供、
母親が正しいのだから、母親に否定される事は
すなわち自分自身が完全に間違っているからだと思い込む子供、
こういう子供にだけは、一番してはならないと思っていたのに、
娘はそうなりかけているような気がしてならない・・・
かつての、私のように・・・

謝らないで、怒ってないから、なんて言ってみたところで、
すでにそんな言葉は娘にとってはなんの信用もないんだろう。

母親からの愛情に確信を持てていないために起こす行動だろうな、
と思うような態度も増えてきたような気がする。
赤ちゃん返りで済ませられるような問題ではなくて、
息子が生まれていようが生まれていなかろうが、
彼女はやはり同じ道を辿っていたのではないかと思わされる。
すべては私の責任だ。

娘が怖くて仕方がない。
可愛くて仕方ないのに、同時に怖いのだ。
彼女はいつか気がつくんじゃないだろうか、いや確実に気がつくのだろう。
いつか私という人間の真実を知った娘に、私は化けの皮を剥がされるような気がしてならない。

でも、そうして欲しいという願望もある。
なんだろうな、息子に対してはこんなことは思わないのに。

昔、カウンセラーをやっていたときに私のところにやってきていた母親のことを、
この頃たびたび思い出す。
彼女は三人の子供を育てていて、その中で真ん中の女児について悩んでいた。
その子は小学校3年生だった。
母親は私にこう言った。
「抱っこしてって言われるんですけど、重いから」

このときは、私はこの母親の気持ちを理解できなかった。
抱っこしてやれよ、と思っていた。
カウンセラーとしてはそうではないけれど、私という人間はそう思っていた。

今はなんというか、この母親の気持ちがとてもよく分かる。

自分の子供なのだから、愛おしいのは当たり前で、
でも愛おしいのその先がないと、我が子であっても育てることはできないのだ。
その、愛おしいの先を見い出だして実現させるのは、とても苦しい。
見い出した気になっても、その次の日にはまた容易く見失う。
そういう母親の不安定な気持ちを、子供はどんなに幼くても確実に見抜く。
見抜かれることが怖くて、我が子から目を逸らしたくなる。
けれど、逃げることはできないし、逃げることは本意ではない。

だから私は、いつか娘に正体を、いっそ暴かれることを望む。
こんなんでごめんね。
それで私を失格にするなら、いつでもそうしてくれて構わないから。
けれど、母親でいさせてほしいとは、いつも思っている。
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明日は我が身。

2015.02.18 13:34|育児の辛さ吐露し隊。
また幼い子供が犠牲になった。
3歳と6歳の女の子。
最初このニュースを聞いたとき、母親はシングルかと思った。
ひとりでふたりの子育てに疲れて、疲れ切って、悩みに病んだ末の犯行かと思った。
続報を聞いて、ちゃんと父親もいて同居していることを知った。
どこにでもいる、ふつうの家族だ。
明日は我が身か、と思ってしまう。
いつからか、こういうニュースを見聞きして、他人事とは思えなくなった。
いつでも、どこにでも、取り返しのつかない所へと引き込む闇への入り口がぽっかりと穴を開け、
今日はたまたま、そこに落ちなかっただけ、
明日もきっと、踏みとどまる、
けれど明後日やその先のことは分からない。
いつでも闇への穴は足元に存在していて、自分もいつでもそちら側へ堕ちるのだという気がする。

旦那にその話をしたら、半ばキレ気味に否定された。
男には、所詮分かりようのない話だ。
バカなことを言ってしまった。
分かる訳などないのだ。
きっとこの事件の旦那さんも今頃困惑でいっぱいだろう。
家にひとりぼっちで、家事育児に雁字搦めになって、
自分からそうなったのに、何故か自分からは抜け出せないその感覚。
女が男を理解できないように、男にも女のそれは理解できないのだ。

さて、このお母さんは私なのである。
だけど私はこのお母さんのようになるわけには決していかない。

子供をふたり育てるというのは、やっぱり並大抵なことではないのかもしれない。
ひとり育てるのとはわけが違うのかもしれない。
まだひとりしか育ててないので、どんなもんかまったくわからない。
今でも、やっぱりふたり育てるのは私には無理なのかもしれない、とか思う。
娘が可愛くて、同じように生まれ来る子も可愛いと思えるのか自信がない。
出先で一人っ子のお母さんを見かけると、もうそこへは戻れないという感覚で不安になる。

なんというか、私はもっと強くならないといけない。
強くというのは、今まで思い描いていた強さではなくて、もっと別の強さだ。
しんどいと言う勇気、
助けてと言う勇気、
誰かに頼る勇気、甘える勇気、
頼むから、私をひとりにしないでくれと、
ブログではなく、現実の世界で私を取り巻く人間に向かって言える勇気。
子供を守るためになりふり構わず、たとえ自分が傷つこうとも、外へ向かっていく勇気。
その勇気があるのが、本当の強さだ。
私は未だそれを持ち合わせていない。
だから子供を少しずつ不幸にしているかもしれない。
強くならないといけないなあ。

なんだかなるようにしかならないんだけど、
穴にうっかりはまってしまうことのないように、それだけはもう…

覚悟なんてすぐにはできないよな。
日々を穴に堕ちることなく積み重ねて、気がつけばそれが覚悟になっているのかもしれない。
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親にはいつなれるのか。

2015.01.14 03:13|育児の辛さ吐露し隊。
今日は娘を真剣に怒って、もちろん、叱るべき場面だったので叱ったのだが、
叱るというより、感情的に怒るという感じになってしまった。

最近、日中イライラして声を荒げたりすることはめっきりなくなった。
それだけ娘の方も成長しているのだと思う。

だけど娘は怒っても口答えばかりするようになり、
素直に言うことは聞かなくなった。
「〜やろ!わかった!?」と言うと、「わかってない」という感じだ。
いつもいつもだ。
素直に聞き入れられたり、ごめんなさい、なんて言われたことはない。
怒ってる意味があるのかもわからなくなってくる。
でも、娘は本当はわかっている、とは思う。
重々分かっていて、その上で「わかってない」と言っているのだと思う。
なんせあいつ二歳よ。
反抗期だから。

でも、今日はさすがに私も腹が立って、
いつもとはかなり違う口調で、かなりキツく怒った。
旦那もその場には居た。
最初は旦那が冷静に怒ろうとしていたけれど、
私がそれを引き取る形でかなりキツく怒った。
娘は私に逃げられないように両腕を掴まれ、「こっちを見なさい!」と言われ、
いつもと違う・・・と思ったのか即ワーンと泣き出した。
「泣いてないでちゃんと話を聞きなさい!」
「泣いても無駄、許さないよ!」と私も更に怒鳴った。
旦那は黙って見ていた。
私に怒鳴られ、旦那に助けを求めるも、旦那も味方はしてくれず、娘は泣いて取り乱した。
私は心を鬼にして、娘を慰めようともしなかった。

それで、娘はその時布のトレパンを履いていたんだけど、
しくしくと向こうの部屋に歩いて行く姿がなんだか妙で、
おしっこを漏らしているということに気がついた。
私が怒る前に漏らしていたのか、怒られたショックで漏らしたのか、
泣いているときに漏らしたのか、いずれかは分からない。
けれど、娘を怒る事態になる前に、私はそろそろトイレだろうと思い、ずっと娘をトイレに誘っていた。
娘は断固拒否して誘いに応じることはなかったけれど、
前の排尿からだいぶ時間が経っていたので、相当我慢はしていただろう。

私は怒るのをやめて、とりあえず娘にパンツを履き替えるように促す。
娘は靴下まで濡らしていた。
風呂で尻や足を洗ってやる。
出てきてから今度は冷静めに、娘に話した。
なんで怒ったかわかってる?と聞いてもわかんないと返ってくる。
なんだか不安になった。
私は分かっていると思っていたけれど、本当に本当に分かっていなかったら?
ただ怒鳴られただけだと、思っていたら?

娘は「怖かった」と言ってまた激しく泣き出した。
彼女はなんだか、自分がトイレを失敗したことを怒られたと思っているようだった。
それで私は娘を抱きしめながら、背中をさすって落ち着かせながら、
私が怒ったのはなぜか、なぜそれをしてはいけなかったのか、
娘はどうするべきだったのか、
私はトイレを失敗したことを怒ったわけではない、断じてない、
それだけは絶対にわかってくれ、などと滔々と言い聞かせた。
娘はずっと泣いていたけど、
最後には「わかった」とか「わかってるよ」とか言って落ち着いた。
その後はいつも通り機嫌良く遊んで寝た。

娘の寝顔は本当に本当にあどけなくて純粋で可愛らしくて、
いつも私の罪悪感を掻き立てる。
怒ったことを「怖かった」と言われたことが何気にショックだった。
いや、怖いと思われるほど怒らないと、伝わらないのかもしれない。
けれど娘に恐怖心を与えてしまったことは、後悔しか残らなかった。
何より!
娘はその前後の出来事から、失敗してお漏らししたことを強く叱られたと思っていたっぽいこと、
それが何よりショックだった・・・
いや、それは違うんだ、それだけは信じてくれ・・・
このことが原因でトイレトレーニングに今後悪い影響が出たりしないだろうか・・・
ああ・・・

怒るのひとつとってみても、私はこんなにも不器用で、
難しい、どうすればいいのか、
やっぱり感情の方が優先になってしまっていなかったか、いつも悩む。
私はうまく叱れていないのだろう。
それどころか娘にうまく接することすらできていない。
いつも結局自分優先だ。
そして、私は結局のところ分かっていない。
娘にどう接すればいいのか分かっていない。
他所の子育てがどうとか、他所の子はどんなだとか、
そんなことはどうでもいいし関係ない。
私は私の子にどう接するのが正しいのか、全然わからないのだ。

娘の無垢すぎる寝顔を見つめていると、
なんでこの子、私のところになんて生まれてきてしまったのか、と考える。
きっと、親が私じゃなければ、もっと幸せだったろう、
もっときっと良い育ち方をしているんだろう、と、なんか可哀想に思えてくる。
怒るのも遊ぶのも愛するのもヘタクソな私だ。
きっと不満だらけだろう。
心に渦巻くものがあるだろう。
それでも親は私でしかない。
可哀想だ。

もともと、『子供が親を選んで生まれてくる』ってなことは信じてない。
その理論には矛盾が多すぎる。
だから娘が私のところに生まれたのは単なる偶然、っつうか、
私と旦那がふたりの遺伝子を掛け合わせたら娘になっただけ。
でもだからこそ、娘は私らの元にしか生まれ得ないし、
親を選べないし、ちゃんとしてあげなきゃいけないのに。
私なんかのところに生まれてしまったからこそ、私がしっかりしないといけないのになあ。

親も人間だ、とか、親も最初から親じゃない、子供と一緒に育って行くもんだ、とか、
そういうのに甘えてしまっている。
私も人間だから感情的になって当たり前、
でもいつか私も一人前の親になれる、
だから今は未熟で当然。
そういうのを言い訳というか免罪符にして、自分にも子供にも甘えているだけ。
じゃあ一体、いつ私は親になるのか、なれるのか。

なんだかでも、最近いよいよ、自分だけで娘を育てるのはいろいろと限界があるな、
と感じ始めるようになりました。
娘にも私が与えられる経験以上のものが必要だし、私以外の人間が必要だし、
家以外の環境、他の大人、他の友達、そういう社会の中で育っていかなあかんなと・・・ね・・・
それ以前に大きくなればなるほど、親が出来ることは限られてくるし、
これからは学校にも行くようになって、
その時その時に娘を取り巻く社会が娘を育てる部分が増えて行く、とは思うけれど、
その第一歩を踏み出すときが近いというか、踏み出さないといけないなと思う。
幼稚園・・・保育園は私が働いてないからまあ無理だと思うけど、
真剣に考えないとなあ。
こないだちょっといいなと思った幼稚園はプレの募集が終わっていたんだわ・・・
あと一年ちょっとで本格的に始まるしなあ。
この近辺の幼稚園情報探らないとなあ。とかまあ、いろいろと。

今日は3回布パンに履き替えて、3回とも失敗してた。
焦っているわけじゃないけど、道のりは遠く感じる。
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どっかのババアに虐待呼ばわりされた話。

2014.11.23 09:45|育児の辛さ吐露し隊。
昨日、すごく理不尽てか、傷つくことがあった。

昨日は家族で奈良公園へ出かけた。
天気も良く、暖かく、のんびりとした空気で、
やっぱり地元はいいなあと思いながら過ごしていた。

私たちは夕方頃まで紅葉を見たりしながら過ごした。
娘は池のあるところの側で鹿を追いかけたりしながら遊んでいた。
そこにいるほとんどの人が、そんな娘のことを微笑ましげに見てくれていた。
なんだか、自由な空間のような気がして、心地よかった。

旦那がそろそろ帰ろうと言い出した。
娘はまだ遊び足りず、帰りたくなさそうで、何度も何度も立ち止まったり、
歩くことや抱っこを拒否したり、自分だけ反対方向へずんずん歩いて行ったりして、
私はその度に一緒に立ち止まったり、娘を呼んだり、追いかけたり、
また娘がこっちに自分からやってくるまで根気よく待っていたりした。

旦那はよくあることだが、自分だけ先へ行ってしまった。
私はそれでも旦那のように放っておくことができず、娘を待った。
娘は階段状になっているところをひとりで登ったり降りたり、往復しながら遊んでいた。
私はときどき、「はやく」「行くよ」と声をかけながら、少し離れたところからそれを見守っていた。
娘が自分から私のところへ来るのを待っていた。

すると、向こう側から歩いてきた見知らぬババアふたり(あえてこう呼ばせてもらう)が、
娘のほうを見ながら、立ち止まってなにやらふたりで話し始めた。
私ははじめ、あまりそれを気にしておらず、変わらず「はやくおいでー」と娘を呼んだ。
するとババアらの視線は私のほうに向いた。
なぜか知らないが、ふたりで私を思いっきり睨んでいるのである。
え?なに?と思っていると、ババアらが聞こえよがしに言ってきた。

「ちょっとあの子危なくない?」
「なんで放ってるの?」
「えーちょっとちょっとちょっと!」(娘がひとりで階段を降りているのを見て)
「信じらんない」
「ほらああぶないよねえ」
「ネグレクトみたいなやつじゃない」

私は耳を疑った。
最初は私のことを言っているとは思わなかった。
それくらい、こっちが信じられない言葉の数々だった。
けれど見渡してみても他に親子はいない。
ババアらは娘を眺めて、時々私を汚いものでも見るかのように睨みつけてくる。
わたしはショックで、めちゃくちゃ傷ついて、でも腹が立って、
そのク○ババアふたりを精一杯睨み返した。

私は娘を見守っていただけ。
自分からこっちにやってくるのを待っていただけ。
それのどこがいけないんだろう。
その何が、この無関係なババアらの勝手な怒りをここまで誘うというのだ。
わからなかった。
最低だ。
楽しかった日が一気に最低の日となった。

確かに娘が遊んでいた階段を降り、少し行った先には池がある。
柵も何もない。
けれど私には今まで娘と過ごしてきた日々の積み重ねで分かっている。
娘はひとりでそっちへ行ったり、ましてや池の中に入って行くような馬鹿なマネはしない。
まだ二歳と五ヶ月だけど、そのあたりの分別はある。何も分からない赤子とは違うのだ。

ていうか、他人が何もせずただ自分勝手に非難するくらいなら、
本当にそれが危ないと思うのなら、助ければいいじゃないかと思う。
手を出す気がない程度の気持ちの者が、なぜ堂々と口は挟めるのだろうか。
本当に、放っておいてほしい。
あんたらに、私ら親子は迷惑をかけた覚えはない。ゴーアウェイゲッタウト!シャラップ!

ババアらが騒ぐので、道行く人がみんな、立ち止まって娘と私を見始めた。
堪え難い屈辱だった。
ババアらが私を勝手に虐待親認定し、娘は放置子認定され、煽って囃してって感じだったので、
そこを通りかかった人たちにはみんな、私と娘はそういう親子だと映ったかもしれない。
ひどい母親と、可哀想な娘。
耐えられない、けど、耐えた。
私は親としての自分を貫いた。
そのうちに、他の人たちは我関せずという感じで、それぞれどこかへ去って行った。
ババアらは向こうへ行ったり、また戻ってきたり、
また通りかかったりしながら相変わらずわやわやと何か非難めいたことを口にし、私を蔑む。
私は何か言い返したくなったが、堪え、心の中でそのク○ババアらを蔑んだ。

こういう状況に、一度もなったことがないんでしょう。あんたらは。
天地神明に誓って、ただの一度だってないんでしょうね。
すばらしい親ですね、よかったね。
子供を一度でも叱る必要性もなかったんですか。信じられない、でもよかったですね。
でもそれ、私の子育てとはなんら一切、無関係ですから。
私にはむしろ逆に思える、あんたら、子育てたことないでしょう。
一度でもあれば、私らを見てそんな振る舞いはできないはずだと私には思える。

娘は無邪気で、自分が遊びたい間は、ずっとまだそのまま遊んでいる。
私がそこでどんな思いをしたのか、娘は知らない。
そのうちに気が済み、私のところへやってきた。
「気が済んだ?」と訊いたらうんと頷き、「帰ろう」と行ったらにこにことついて来た。

旦那はずうっと先のところでひとりで座って待っていた。
「なんでいつもそうやって自分だけ先に行くの!?」と私はたまらずキレた。
旦那はえ?なんで?って感じだった。

悔しかった。
悲しかった。
でも私は間違っていない、それだけはそう思う。

子供、育て難い世の中だと思いながらも、
今までこんな露骨に批判してくる人に出会ったことはなくて、ちょっと驚きました。
いやむしろ、今まで出会った人たちみんな娘にも私にも、優しかった。改めてそう思った。
そういう人たちの温かさが、今更身に沁みた。

ちなみにそのババアらが居なくなった後、娘が遊んでいる側を通りかかった別のおばあさんは、
そんな娘に笑いかけ、娘と手を振り合っていた。
やっぱり私には、なぜあの○ッソババアらにこれが虐待と映ったのかどうしてもわからないのだった。
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じゅあん改めまめ子。

2014.09.10 18:35|育児の辛さ吐露し隊。
ああ、相変わらず娘の存在によって我が3LDKにもたらされる苦行というか鍛錬というか。
ことごとく私を否定しにかかることがマイブームな娘との何気ない会話にすらストレスが溜まる。
手当り次第に娘の大切にしているぬいぐるみたちを
ベランダの窓から道路に向かって放り投げたい衝動にも駆られるが、
たぶんそのようなことをしても娘は応えない。
おやまあかあさま、一体どうしたのそのような蛮行に走ったりして。
ご近所の人に見られたらいい笑い者ね、ま、私には関係ないけど。的な感じに受け流されること請け合い。

そう。
娘は応えないのである、一向に。
私が怒りに任せて怒鳴ったり、時には滔々と捲し立てたり、またある時には切に言い聞かせたりしても、
彼女にはそれに感化される気配はないのである。
そしてまた同じことを繰り返す。
同じことを繰り返し、同じことを繰り返されたことにまたむやみやたらに立腹する私に怒鳴られようが、
まったく傷ついたり悄気返ったりする素振りも見せず、飄々と次なる主戦場へとその身を翻すのである。
そこは台所であったり、食卓であったり、居間であったり、風呂であったり。
もう、いい加減にしてくれ、娘よ。
私もいい加減に、己の心の平安を取り戻したいのだ、かつてのごとく。

ってな感じで、この娘の反抗期というか、悪鬼のごとき所業の数々というか、
もうなんだどうしたどうすればいいんだ。
会話するだけでもイラつくとは一体どういうことだ。

娘「どんぐりたべよーっと」
私「どんぐりなんて食べちゃダメよ」
娘「いや!どんぐりたべる!」
私「苦いよ」
娘「にがくない!」
私「あっそ。じゃあ食べな」
娘「たべない!!」
私「そうそう、食べちゃダメよ」
娘「たべちゃだめじゃないっ!!」

こんな感じよ。すべての会話がこんな感じよ。
少し前まで、イヤイヤ期の中にもわずかながらにあった素直さ純真さすら、今ではもう見る影も無い。
素直で天使のように愛らしい「はーい」という返事を返してくれていた娘よ、おまえは今何処・・・

とにかく、私は私自身の精神がだんだんと荒廃の一途を辿って行くのをひしひしと感じる。
この心の底にヘドロのように蓄積され滞留している苛立ちや怒りの感情を、
そのままの形で娘にぶつけてしまえば、
恐らくそれは最悪の場合娘の命をも奪う凄惨な虐待へと発展もしかねない。
ので、私はそれをそのままの形で娘にぶつけるわけにもいかず、
かといってではどのような形でぶつけるべきかもわからず、
結局のところ、己の胸の内で滞留させておくに留めるしかない。
その状態でいるところにまた、娘は私の目の前で私のズタボロの心を弄ぶかのごとく、
悪行を淀みなく遂行していく。借金の取り立て屋のようである。血も涙もない。
娘によって遂行された悪行の残骸を前に、私は地団駄踏んで悔しがる。
おのれ!ブッ叩くぞこのクソガキが!!
これでも食らえー!
と、ぬいぐるみを娘にヒットさせるべく豪腕を振りかざすが、それはすべて私の脳内の妄想なのである。
危ない妄想。
実行に移さずに済みますように・・・
いや、済まさなければならない・・・

まあそんなこんなで毎日大変よ。大変でもう・・・ね・・・
誰か助けて、なんで私子供なんて産んだんだろう、そんなに欲しかった?え?
ただヤったら出来たよくらいのノリだったじゃないか、
毎朝毎夕、子授けの神に向かって両手を摺り合わせて拝んだりしたか?
コウノトリよどうか我々のもとへ天よりの贈り物を、なんつって空に願を掛けたりしたか?
そのようなことまったくした覚えはない。
そこまで子供を切望した覚えもない。
それというのはつまり、その程度の覚悟しかない私なんぞに子供を産み育てる資格や度量や忍耐など、
そもそも備わっていなかったのではないのか、そういうことじゃあなかろうか、
なるほどそれなら説明がつく、こんなにも毎日、愛くるしい、
いや愛されてしかるべき娘に対して苛立ちを募らせるばかりでなく、
娘をぶちのめす妄想を脳内で繰り広げているというのはそういうことなのだ、
つまり私には忍耐というものがまるでないのだ、
ついでに言うと母性も足りていない、それはつまり母親の風上にもおけない、
子孫を残し未来へ託すという人類普遍の目的を成し遂げようとしているのにも拘らず、
それが苦行としか感じられないとは、私はつまり、
人間として失格の烙印を押されても当然だ、人間のクズだ。
母親失格である上、人間のクズとは。
しかも働きもせずただ家におるだけの身で、唯一の仕事と言えば子育てと家事であるのに、
それすらもめんどくせえ逃げたいなどと考えている私というのは、
果たして、生きて生かされているべきであろうか。
いやでも死にたくはない、死にたくはないよう。

・・・ごめんなさい、ちょっと頭おかしくなっていますね、今。
とにかく、しんどい。
娘が叱ってもそれに心動かされないどころか、それを真っ向から否定してくる姿勢がしんどい。
「〜しちゃだめでしょ!」
「だめじゃないよ!」
とか言われたらもうね、え、だめじゃない、え・・・うん?
うん、そうかな・・・そうかも・・・そもそもなんでだめなんだろう、
だめとか言うのはむしろこちら側の都合であって、
それは本当に真実なのか、全人類に共通する普遍の真理なのか・・・
いや、たまたまそれが私にとって不都合だからその尺度に無理矢理娘をウンヌンカンヌン・・・
みたいになってしまって、それ以上私もぐうの音も出なくなってしまうのです情けないことですが。
というか、こっちのだめだよ、ってのを全く理解されないと、もうね、
怒る気力すらだんだんと削げて行ってね、だったらもう好きにしろよ、ご勝手に、ご自由に・・・
みたいな投げやりな気持ちに最終的には落ち着くのだよ。
そういう毎日。

ですが、今日ちょっと久しぶりに笑うことがあって。
すごいちっぽけなくだらないことですが。
娘は豆類とかナッツ類がものすごく好きでして、
カシューナッツやピーナッツ、豆菓子、節分のときに蒔くような大豆、
茹でた枝豆や甘辛い豆の煮物も大好き。
とにかく、豆には目がない。
それで、今日ももぐもぐとひたすら豆を食っておったんですが、ついに茶碗の底をつき、
「もっとまめたべるー」と言ってきたのです。
私は、「えー。もう豆ばっか食べ過ぎや。もうないで。もうええ」って言って断ったのですが、
娘はそれを効いて半泣きで「まめーまめーまめーまめええええ!!」とグダグダと駄々を捏ねていました。
あまりにも娘がまめまめ言うので、おのれっ!豆みたいな顔しやがって!と思い、
とりあえずぐうの音もでないほどくすぐり倒しておいたのですが、
それでも「まめー・・・」と言って食い下がるのがなんだか無性に面白く、
娘が豆のように見えてきたので、これからは娘に「まめ子」と渾名することにしました。
ということで、ここでもじゅあん改めまめ子に致したいと思います。一体誰に対する宣言なのやら。
今後とも私とまめ子をどうぞよろしくお願い申し上げます。
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